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対話から生み出されるもの

ず~~~っと行ったかった東京・竹芝ある《対話の森ミュージアム》に行ってきました。 コロナ禍を過ごし、対話することの重要性を痛感したから
です
。いるEQのクラスで、子ども達ともリアルに体感できるものは起きた…と考え、色々と考えている中で、《対話の森ミュージアム》の存在にしっかり着いたの
です
。とは、世代。ハンディキャップ。文化。宗教。民族。世の中を分断しているたくさんのものを、出会いと対話によって乗り越え、ダイバーシティを体感するミュージアムです

今回、この知覚を通して、見える目、耳が聞こえこえ、言葉を話すことに対して、色々な可能性が秘められている事を考えさせられました

対話の森ミュージアムでの体感と気付き

対話の森では、ダーク(闇)の世界とサイレント(音のない)の世界を体感できますが、今回は、サイレントの世界を選択しました

まず、まず、
①話さない(喉に鍵を使いロックをかけました) ②音のない世界を楽しむ為に、ルールを装着する ③自分の体のみで参加(持ち物は入場瞬間ロッカーへお
預かり
) )

参加者全員でルールの確認を行われ、いよいよスタートです。聴覚障害者のアテンドに案内してもらいながら、テーマがかなり部屋を順番に回り、周りのずっと全く聞こえない状況に少し不安を
抱き
ますながら、案内するアテンドに全神経を集中させました。

《正解がないから、間違いがない》という言葉に、心理的安全性が確保され、それまで感じていた緊張感が少しずつ解かれていくようでした
。サイレントゲーム、手話、クイズ出されたお題をフレームの中で表現する、箱の中に入っている物と状態を相手に伝える、箱の中身を同じにするゲーム、などなど最後の部屋では
、時間を外し、体感した内容に対する感想や気付きを用いて共有しました。

《参加者の感想》
・対話は信頼のためのステップ
・愛コンタクト
・対話を諦めない・対話こそ
想像力の源・
わたしとあなたの真ん中をみつけること・
己を、知る相手を知ること

この体感的に、普段の生活で用いられている言葉を使わず、聞こえる耳を封じた時、時代、社会的地位さえも関係なく、みんなが対等になる
。初対面であっても《この人は知ってくれる》という揺るがない信頼関係が生まれることを感じました
それは、見方が変わると行動が変わるという認識でした。

相手の目を徹底的に自分の人生を見つめる

対話の森ミュージアムに行ったもう一つの理由、それは思春期の息子との関係性を考えてみたからだった
。究極の状況に身を置くことで、参加者とのコミュニケーションを覚悟のために、相手の判断、自分から見える全てに心と意識を向ける中、この行為を息子に行っていたのだろうか
・・・?という疑問が生まれました。

《人の話どの程度のレベルで聞いてきたか?》 特に近い存在である息子の話に対して、相槌を打ちながら、聞きふりをしていた事、自分が欲しい答えを会話の中で
見つけ
、部分的に選択しながら聞いていましたことにかえました。言葉や思いとしては、《寄り添いたい》がありましたが、行動に反映されていなくて、蓋を開けてみれば、
自分の都合の良
さが存在していたのです。

そのようなことを感じながら、何気なく息子のちょっとした時に、息子の瞳に映る自分の姿がありました。 何か心地よくない出来事が起こる度に、思春期だから…〇〇だから…と
一括
人との関係性において、与えられている時間の瞬間、瞬間をもっと意図的になるために、人の目に映る自分の無意識の姿、今の自分
状況を素直に受け入れてあげたいと感じました。

対話は、相手の大切さに認める行為

対話が必要だと感じる相手に対して、自分がどのように考えるかを自問してみようと思います。自分の思いや思考を一度遠ざけ、相手との関係で、自分の立ち位置を知り
、が心から望むもののイメージから
、そこにどのような橋が掛けられるかを考えてみる。

これにより、相手の見地に立ち、相手の立場から物事を眺め、相手が見ている世界を見ていることで、相手の気持ちを感じるとの
こと
。全体が深い対話へと続いていける。そして、
思い切って自分自身の感情と思考をブレンドした時に、発言した相手を賛同するだけではなく、相手を尊ぶ思いが加えられ、相手への深い理解に繋がる

この学びにつながった時には、どこかで考え抜いていた会話を思い出しました。 『人にはキャパシティがあり、できないことに対して、やってるという考えは良く
ない
。という』という内容です。これはある意味分断ではないか⁈とモヤモヤしていました。

しかし、相手を大切に思い、対話を用いれば、《諦めなくて良い》という安心感を得られました。そして思い切って、学びには新たな発見があり、これが学びの本物だと思いまし
たしました。

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